2006年12月31日  「抱負」
 
 間もなく、2006年が終わろうとしています。歳と共に一年が経つのが早く感じられていますが、今年は本当に一年が駆け足で去って行きました。一番の原因はやはり「出張」でしょう。今年は 63回、18都市、飛行機 68回、新幹線 51回、ホテル宿泊 76日という具合でした。まあ、それにしても仕事とはいえ、よく行ったものです。JRで高知から岡山へ移動中には、大雨で乗っていた特急が四国の山中で運行取り止めになり代行バスの迎えを待ち、名も知れぬ無人駅でずぶ濡れになって乗り換えたこともありました。羽田空港で乗ったJALの飛行機が滑走路から駐機場に戻って機内で1時間待機させられた後に欠航が決まり、次便のANAの席をゲットするために第2ターミナルまで超ダッシュしたこともありました。そんな刺激的?な出張暮らしも10月末に終了し、すっかり平凡な内勤に戻りました。
 このように仕事中心の一年だったこともあり、休みの日は家でゆっくりすることも多く、撮影に出掛ける回数も激減し、おそらくここ10年でフィルムの消費本数は一番少なかったと思います。在庫していたフィルムが有効期限切れになっていたこともありました。よく考えてみると、今年の後半はほとんど撮影活動休止状態でした。う〜ん、こりゃ、非常にまずいですねぇ。
 来年の抱負は干支にちなんでズバリ、「猪突猛進、シャッターを押しまくる!」しかないということで、引き続きよろしくお願い致します。
 

 
 2006年 8月20日  「規則」
 
 そう言えばしばらく書いていませんでした、この「雑感」。少々前までは更新が滞ると叱咤激励の連絡がそれなりにあったのですが、あまりにも更新しなかったので最近では諦められたのか、全く音沙汰もなく管理人さえ存在を忘れている様な状態でした。「すみませんでした!」雑感ファンの方々にはお詫び申し上げます。
 さてさて、昨年から出張だらけの生活をしているのは相変わらずで飛行機、新幹線は通勤電車の如く利用している日々を送っておりますが、そろそろ慣れて良いはずの空港の荷物検査には未だ平常心が保てず、ストレスの元になっています。と言うのは、しょっちゅう引っ掛かるからです。
 何故なんでしょうか?出来ればスマートに何も無かった様に通過したいのですが、必ずと言って良いほど空港職員に呼び止められ再検査になるのです。
「お客様、大変申し訳ございませんが手荷物をもう一度機械に通してよろしいでしょうか?」
「あっ、はい、どうぞ。」内心、「はぁ〜またかぁ・・・」
大抵は再検査でクリアで「お客様、ご協力どうもありがとうございました。」と。
 そもそも、何処へ行くのでもカメラを携行しているので鞄が見た目以上にとても重いのが、まず危険物所持を疑われる原因なのか、さらにカメラやレンズは金属部品が多いからX線を透さないからなのでしょうか?
ただ、先日「お客様、刃物をお持ちのようですが?」と詰問されました。
「刃物?」全く心当たりが無かったので困惑していると、
「『爪切り』をお持ちですよね。」と。
確かに刃物の一種でしょうけど、何で高圧的な態度で・・・もうちょっと言い方が有ると思うのですが。最初から『爪切り』って言えば良いのではないでしょうか?
出張セットの髭剃りや常備薬が入っているポーチの中に確かに有るので、
「はい。持ってますよ。」
「鞄から出して見せて頂いてもよろしいでしょうか?」
呆れて、「はぁ〜?ごく普通の『爪切り』ですよ。X線で形は見えてますよねぇ。」と言いながら、ステンレス製の折り畳み式の『爪切り』を取り出し、白い手袋の女性職員に手渡しました。
そして、「ご協力ありがとうございました。」
う〜ん、彼女は現物で何を確認したかったのでしょうか?材質、それとも切れ味?でも、もの凄く良く切れる『爪切り』でもハイジャックは出来ないと思うのですが・・・もしかしたら、殺人ビームが発射出来る『爪切り』が出回っているのでしょうか?そう言えば、同行の同僚が以前、うっかり上着の胸ポケットにコンパクトデジカメを入れていてブザーが鳴り、慌てて取り出したところ、不審な面持ちで「お客様ご自身で電源を入れて下さい。」と職員に言われたことが有るので、「デジカメ爆弾」が有るのかもしれません。それならば厳重にチェックして頂かなければなりませんね。
 そして、この前はライターで引っ掛かりました。機内には1個しか持ち込めないのは知っていましたが、出張中にZIPPOのオイルが切れたので、100円ライターを買って持っていました。
「お客様、ライターを2つお持ちの様ですが?」
「ええ、でもZIPPOはオイルが切れていて火が点かないんですよ。」
「火が点く、点かないは関係無いんですよ。とにかく1個は、ここで放棄して頂きます。」
「えっ、だって火が点かないんですよ、ほらほら」と、実際に火を点ける操作をして見てもらいました。
「『規則』ですから。ライターをお持ちでないお客様が同行されていましたら、一時的にその方にお渡しして頂いたら結構ですよ。」
納得がいきません。何で1人1個だけなんでしょうか?心配性の喫煙者なら予備を持っていると思うし。まあ、規則だから仕方が無いとしても、回避策を教えてくれた職員の発言は問題が大有りです。だって、検査の時だけ同行者に渡せば通過出来るなら、100人のツアーだったら後で1人に100個のライターを集めることも可能なのですから、かなり危険です。
その時は1人だったので、「くそぉ〜羽田着いたら、また買わなきゃなぁ〜」と思いながら、渋々前日に買ったばかりの100円ライターを放棄BOXの中に入れました。ライター本来の機能を失っていてもさすがにZIPPOは放棄出来ませんから。だいたい予備のオイル缶も危険物で持ち込めないので、ZIPPOは出張に向かない道具ということが解りました。
ところで、放棄されたモノはどうなるのでしょうか?やっぱり廃棄でしょうか?BOXの中は100円ライターで溢れていたので処分も大変でしょう。到着ロビーで「ご自由にお持ち下さい(1人1個まで)。」なんてサービスしたら両者にメリットが有って良さそうですけど。
 物騒な世の中ですから、検査はしっかりやって頂かなければなりませんが、『規則』ばっかりでは無くて、もう少し融通を利かせてくれても良いとは思いますけど。だって機内に持ち込めないモノには「整髪料」「香水」等も有るのですが、持っている人は多いと思いますよ。どうやって通過しているのかなぁ?
そうそう、飛行機は厳重なチェックで安心ですが、新幹線は何のチェックも無いのですが大丈夫なんですかねぇ?
 

 
 2005年12月31日  「出会い」
 
 今年はどんな一年を過ごされましたか?私はいつもに増して、とても刺激的で忙しい一年でした。
仕事では2月に出張の多い部署に異動になりました。一年を振り返って手帳をめくってみると、なんと飛行機には24回、新幹線には42回も乗り、出張先でたくさんの人と出会いました。趣味でも、バードウォッチングを始めてフィールドで、たくさんの人に出会いました。新たに出会った方々と、たくさん話をして色々と勉強になることばかりでした。また、当然、このHPを通じての出会いもありました。
 本当に、たくさんの方々に大変お世話になりました。来年もよろしくお願い致します。
 

 
 2005年 7月 3日  「専用車」
 
 ここ最近、鉄道各社が導入している「女性専用車」。理由は車内の痴漢行為を防ぐということで、私の利用している路線も導入されておりますが、ちょっと気になることがあります。
 それは、専用車導入前後で「
一般車での男女比率に変化が感じられない」ことです。当然、「専用車」により一般車の女性比率が下がるように思っていたのですが、あんまり変化が無いような気がするのです。というわけで、ここは一つ計算して検証してみましょう。
 1両の乗車定員は144人で10両編成なので、1編成の定員は1440人ですが、めちゃくちゃ混んでいるので、混雑率を200%とすると2880人になります。なお、参考までに混雑率については以下のような基準があるそうです。
 ・100% 座席か吊り革に付くか、ドア付近の柱につかまれる。
 ・150% 楽に新聞を広げて読める。
 ・180% 折り畳んで無理をすれば新聞が読める。
 ・200% 体が触れ合い圧迫感。無理すれば週刊誌読める。
 ・250% 電車が揺れる度に体が斜めになる。身動き取れない。
 そして男女比が同じとすると内訳は、男性:1440人、女性:1440人になります。ここで1両だけ「女性専用車」とした場合、一般車両の男女比率はどのように変化するかを計算してみました。(条件として1編成に男性:1440人、女性:1440人が乗車し、全ての車両の混雑率をそれぞれ200%とします。)
         
 いかがでしょうか?288人が乗車している1車両で男女数は±16人しか変化が無いのです。さらに自分の直近の周囲16人で計算してみると、
            
 これまた驚きの、たった1人しか変わらないのです。それでは変化が感じられないのも無理はありません。まあ実際には、乗換駅での階段に近い車両が混んだり、様々な理由で車両ごとに混雑率や男女比率が異なるでしょうから一概に言い切れませんけどね。
 そもそもの問題は車内が混雑しているからで、「誰もが快適に」というのは無理にしても、せめて不愉快な思いをせず通勤出来たら、少しは会社へ行くのが嫌じゃ無くなるかもしれませんね。
 と、思って書いている今は日曜日の夜。「はぁ〜、また明日から会社かぁ...」
 

 
 2005年 1月23日  「御利益」
 
 昨年末に千葉県我孫子市に特別天然記念物の「コウノトリ」が飛来しているということで、かなり話題になっていたので、正月休み中に見に行ってきました。日本国内では昭和46年に最後の野生のコウノトリが姿を消し絶滅したのですが、中国ではまだ生息していて、それがまれに迷い込んで来るそうです。場所は「我孫子市北新田の利根川沿いの水田」という情報のみで、本当に見ることが出来るか不安でしたが、現地に着いて予想通り途方に暮れました。見渡すかぎり広大な田畑が一面に広がっており、
  まったく見当が付きません。狭い農道を行ったり来たり30分以上彷徨った頃、名案が浮かびました。「他にもコウノトリを見に来ている人がたくさんいるだろうから、車が不自然に多く止まっている所を探そう!」と。それは双眼鏡で見回すとすぐに発見出来ました。近くまで行き、まるで新宿や渋谷の路上駐車のように長い縦列駐車の列の最後尾に車を止めると前方には、異常なほど多くの人々がある1点の方向を熱い視線で見つめていました。「間違いない!」そう確信して車を降りてダッシュ!居ました、居ました田んぼの中に悠然と佇むコウノトリが。
 慌てて三脚を立てカメラをセットして連写開始。でも、すぐにシャッターボタンから指を離して連写終了。何故なら首を折り曲げてほとんど動かず、ジッとしているのです。同じカットばかり撮っても仕方がないので、動き出すまで待つことにしましたが、ダウンを2枚重ねて着てても寒さが堪えます。約1時間後、お腹が減ったのかゆっくりと歩き出し餌を探している様子。周囲からシャッター音が鳴り響きます。しばらくすると大きな翼を広げ飛び立ちました。このまま飛び去ってしまうのかと思った矢先、まるで航空ショウのように見物客の頭上をゆっくりと何回も旋回してお披露目しながら飛んで行きました。
 さて、この「コウノトリ」はよく「赤ちゃんを運んで来る」とか「幸せを運んで来る」という言い伝えがあるので、酉年の正月、しかも今年は年男の私にとって、何か幸運をもたらしてくれる様な予感がしました。そしてその予感は早くも的中したのです。年末に会社の近くにある立ち食いそば屋からもらった抽選券で「そば1杯無料券」が当たりました。なんかちょっとだけですが幸せな気分。サマージャンボ宝くじでも買ったら、また見に行くと御利益があるかもしれません。それまで居てくれたら良いのですが...



 

 
 2005年 1月10日  「分析」
  
 ちょっと遅くなりましたが、明けましておめでとうございます。今年初めての更新はこの雑感からです。
おかげさまで、このホームページも4年目に入りました。ただ昨年の夏以降は更新頻度が激減し、いつも訪問して下さる方々の期待を裏切ってしまい本当に申し訳ございません。今回は反省の意味も含め、Kawasaki Photo Studio を分析してみようと思います。

GALLERY 壁紙 雑感他 合計 頻度
2002年 47 19 25 91 1.8回/週
2003年 36 8 8 52 1.0回/週
2004年 19 4 8 31 0.6回/週

 この表は更新状況をまとめてみました。う〜ん明らかに年々、更新回数が減っています。特に「壁紙」の更新はひどいですね。ただ、あまりリクエスト無いんですよね。リクエストといえば、圧倒的に「雑感」です。期待されているということは嬉しい事には変わりありませんが、私としてはメインは「GALLERY」だと(勝手に?)思っておりますので、ちょっと複雑な気持ちです。


 
 そしてこのグラフは更新回数とアクセス数の関係を表しています。やっぱり更新回数とアクセス数は連動している様です。まあ、そうでしょうね、楽しみに見に行っても更新されていなければ、見に行く頻度が減るでしょうから。あっ!更新回数より内容の方も大事ですよね。
 昨年は新たに別館「Cabriolet(カブリオレ)」をオープンしてスナップ写真のコーナーを作りましたが、実は今年も、新コーナーを企画しております。また別館にするか、一つのGALLERYとして追加するのか検討中ですが、早ければ春頃の公開を予定しておりますので、もう少々お待ち下さい。
 今年は、「昨年より多く更新し、内容も充実させる。」をテーマにやっていこうと考えておりますので、本年もよろしくお願い致します。
 

 
 2004年11月 3日  「心掛け」
 
 それにしても久々の雑感です。皆さまお元気ですか?実は私、入院しておりました。
幸い命に関わる様な重大な病気ではなかったのですが、手術しなければならなかったため約1週間ほど入院しました。「手術」や「入院」なんて今の自分とは全く無縁なモノと思っていたので、診断後に宣告されたときは相当ブルーになりましたが、まあ色々考えても仕方が無いので、「骨休みの長期休暇。今まで忙しくやってきたので、ゆっくりしよう!」と前向きに考えるようにしました。
 手術は問題なく成功して、かなり退屈だと思われる1週間の入院生活がスタートしました。読書したり、音楽聞いたり、この雑感の下書きしたりするだけで暇つぶしになるのかどうか心配だったのですが、結局のところ本を3冊しか読むことが出来ませんでした。というのも、同じ病室の患者さん達と昼間はロビーでイチローの最多安打をテレビを見ながらコーヒー飲んだり、喫煙室に入り浸る日々だったからです。そんな感じであっという間に1週間が過ぎて退院し、引き続き1週間の自宅療養になりました。患者さん達との別れの言葉は「じゃあ、また!」ではなくて、「お元気で!」だったのが何とも印象的でした。自宅に帰ってからしばらくは開放感でいっぱいだったのですが、話し相手がいないので逆に退屈で、することはネットやテレビのワイドショーを見てばかり。おかげでスイーツと韓国スターについてはかなり詳しくなりました。
 今回、病気になり診察の際に「よく、体調が悪いのを家系だとか体質のせいにする人が多いけど、まずはそのように体調不良になる生活習慣を一つ一つ改めなければ絶対に良くはならないよ。」と言われ、非常に考えさせられました。入院していると、やはり嫌でも規則正しい生活を余儀なくされ、十分すぎるほどの睡眠時間が取れたせいか、とても体調が良かったとういこと。当然、二日酔いもありえないし。でも自宅に戻った瞬間に食事も睡眠も不規則に戻って、またいつもの何となく具合が悪い感じになってしまい、これからは「心掛けていかなければ健康でいられない。」ということを実感しました。
 そして約2週間振りに出勤して、ある意味で新鮮な気持ちで、しばらくは無理せず「慣らし運転」しながら徐々にペースを上げて仕事をするつもりでしたが、復帰初日からほぼアクセル全開状態でへとへと!思わず、また入院したくなりました。
 追伸:Fさん、I君、お体の具合は如何ですか?近いうちに「快気祝い」しましょう!
 

 
 2004年 3月21日  心変わり
 
 首都圏では桜も開花して、被写体には事欠かないはずなのですが、最近なぜか写欲(写真を撮りたくなる欲求)がありません。1,2月の厳冬期は富士山に毎週のように、ときには会社をズル休みして(ごめんなさい)撮りに行った年もありましたが、今年はあまり行く気になれませんでした。
 何で撮りに行きたく無くなってしまったのだろう?
風景写真をメインに本格的に撮り始めて約10年。最初は満足していた写真も、1,2年してよく見てみると、なんとなくボヤーッとしていて肉眼で見ていたモノと差があることに気が付きました。ピントが甘いのか?もしくはブレているのかとも思い、マグニファイアー(ファインダーに付けるルーペ)を取り付けて厳密なピント合わせをして、さらに6キロ以上もある大型三脚でブレないように対策しました。ところが相変わらずボヤーッとしているのです。
 そこでフィルムの大きな中判カメラで撮影してみると、フィルム面積が一般の35mmフィルムの4.5倍もある6×7判は細部まで忠実に見たままの自然の姿をリアルに再現してくれました。ただ、フィルムが大きいためカメラも必然的に大きく重たくなりました。だいたいカメラとレンズを詰め込んだリュックは20キロ以上もあり、三脚を持って撮影地まで30分も歩けば、もうヘトヘトです。また12月から2月までの富士山撮影は、とにかく寒さとの闘いです。氷点下は当たり前で、時にはマイナス15℃にもなります。そんな中で重たい機材を撮影地まで背負って、大きな三脚をセットし、入念に構図を決め、厳密にピントを合わせ、そして的確な露出を判断することが、今思えば、いつの間にか苦痛に感じていたのかもしれません。
 でもそんな思いも、自然の息吹を肌身で感じながら素晴らしい光景の瞬間に出会えたことも多かったので、また期待して撮影に出掛けて行ったのでしょう。
 しかし今では想像力や創造力が減退しているのか「写真を撮る」ということが、「寒くて重たくて辛い」というネガティブなことしかイメージ出来なくなってしまっているようです。
 う〜ん困りました。シャッターを押している瞬間が一番楽しい人間にとって、これは大問題です。本来、趣味とは楽しむモノなのに...
 どうすれば、また撮りたくなるのだろう。機材を減らして軽くすれば良いのだろうか?暖かい南の島で撮影すれば楽しく撮れるのだろうか?
 いや、どれも違う気がする。
 そして、その答えの一つがこれなんです。
  

 
2004年 2月22日  NTT
 
 我が家も、ついにブロードバンドになりました。以前、雑感に書きましたが、ADSLでは散々な目に遭って、CATVも光ファイバーも無かったために、定額の常時接続はフレッツISDNしか選択の余地が有りませんでした。そして、昨年の後半にようやくNTTの光ファイバー「B Flets」のサービスエリアになりました。でも待望の提供エリアになったのに、待ち疲れていたせいもあり、「別にネットで映画を見ることもないだろうから、速くなってもねぇ・・・」とあまり積極的ではありませんでした。そもそも月額の料金も上がるし、工事費も3万円弱かかるということも、消極的になってしまう原因でした。その後、年末にNTTが工事費半額キャンペーンを始め、さらに私の加入しているプロバイダーが工事費無料キャンペーンを始めたので、ついに導入を決意しました。
 まずはネット経由でプロバイダーに申し込むと、数日後にNTTから連絡があり、「大家さんに工事の許可をもらって欲しい」とのことで、不動産屋に電話すると、「工事内容を知りたいので図面か何かで説明して欲しい」と。それをNTTに告げると「困りましたねぇ」と。あ〜、ADSLの時のことが蘇る。なんかまた面倒臭くなる予感。するとNTTの方が「こちらから不動産屋さんと直接お話してみます。」と。数時間後NTTから「不動産屋さんの許可をもらいましたのでOKです。」と連絡がありました。ようやく次のステップの実際に工事が出来るか現地調査の日時を決めなければならないので、その時に聞いてみると「お隣のお部屋の方がすでにB Fletsされてますので調査は不要ですから。」
おーい!どういうことなんだ、不動産屋!隣が既にやってるんだったら、即OKでしょ。それから約1ヶ月後、ようやく工事日になりました。工事費無料キャンペーンは平日しか対応していないため、渋々会社を休むことに。家の中だけでなく、屋外でも何か色々やっていましたが、結局2時間ぐらいかかって工事完了。そしてLANケーブルを接続し、ソフトをインストールして開通です。
 おおっ!めちゃくちゃ速い。凄いぞ光ファイバー!!!スペックマニアとしてはスピードを数値で知りたいので、スピードテストのサイトで調べてみると、何と50Mも出ていました。私の入ったプランは100Mを近隣の何軒かで分け合うタイプなので、これには大満足。でも心配性の性格から、他のいくつかのスピードテストのサイトでテストしてみると、15M、20M、40Mとバラバラのテスト結果。一体どこのサイトが信用出来るのでしょうか?まあ、でも数値よりフィーリング重視で、15Mでも50MでもISDNと比べれば、新幹線と自転車を比べるようなものでしょう。
 開通して一安心した後、今までのISDNを解約するためNTTに電話すると、「ISDNのデジタル回線をアナログ回線に戻す工事が必要ですので、ご希望の平日はいつでしょうか?あと工事費で約3000円かかりますので。あれっ?本日B Fletsの工事日でしたか。それなら一緒に工事すれば良かったですね。」えっ!また会社休まなければならないの?う〜ん、何かおかしい、間違ってると思いませんか?
 
2003年雑感